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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)3号 判決 1975年3月20日

原告 高見雅夫

右訴訟代理人弁護士 間狩昭

同 古川彦二

右間狩昭訴訟復代理人弁護士 北方貞男

被告 オリオン興業株式会社

右代表者代表取締役 長原伸行

<ほか三名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 川喜田正時

金田稔

主文

一  被告らは原告に対し各自金二二、一九五、二五七円と、内金五、六九〇、〇〇〇円に対する昭和四三年一月三一日から、内金一〇〇、〇〇〇円に対する同四五年七月一二日から、内金一六、四〇五、二五七円に対する同四六年一月一日から、いずれも支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金五〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金二五、五二二、〇三七円及び内金五、六九〇、〇〇〇円に対する昭和四三年一月三一日から、内金一七、四二〇、九四三円に対する同四六年一月一日から、内金一〇〇、〇〇〇円に対する同四五年七月一二日から、内金二、三一一、〇九四円に対するこの判決確定の日から、いずれも支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 被告オリオン興業株式会社(以下被告オリオンという)は、映画、演劇の興業、洋酒喫茶及びボーリング場経営などを目的とする会社、同伸光不動産株式会社(以下被告伸光という。)は、後記本件ビル等の不動産管理を目的とする会社であり、被告長原伸行は、右両被告会社の代表取締役であって、右両被告会社は、被告長原の事実上支配するいわゆる個人会社である。被告森田秀子は右両被告会社の取締役であって、被告長原とは内縁の夫婦の関係にある。

被告長原、同森田、同伸光の三者は、別紙物件目録記載の建物(以下本件ビルという。)を共有(持分各三分の一)し、その地下一階及び二、三階を被告オリオンに、一階を第三者に賃貸しており、被告オリオンは、地下一階で洋酒喫茶を、二、三階でボーリング場を各経営していた。

(二) 原告は、昭和四三年一月三〇日午後九時三〇分ごろから、本件ビル三階の被告オリオン経営のボーリング場において、ボーリング遊戯をしていた際、同日午後一〇時二〇分ごろ、天井の換気装置孔から煙が出ているのを発見し、同被告の従業員にこれを指摘したところ、同人から四階が火事らしいので階段から降りるようにとの指示を受けた。原告は、右指示に基づき、遊戯を中止して、本件ビルの西側階段降り口に赴いたところ、電灯が消えて真暗であったので、足さぐり状態で下降し、二、三階中間のおどり場を過ぎ、一段位下降したところ、突如眼前に爆発したような火焔が見え、火熱を感じたので、呼吸を止め、ハンカチで鼻、口を押さえながら階段を引返したが、その際には着用していたオーバーなどに引火しており、顔面などに後記火傷を負っていた。原告は、三階窓から大声で救助を求め、やがて消防署梯子車に救出されたが、そのまま意識不明に陥った。

右事故は、同日午後一〇時二〇分ごろ、本件ビル一階から発火した原因不明の火災によるもので、右火災により、右一階部分三〇〇平方メートル及び一階ないし四階東側階段各二三平方メートルが各焼失し、一階ないし三階の西側階段各一五平方メートルが焼損した(以下右火災を本件火災という。)

本件火災による前記事故により、原告は、顔面、両上肢、両下肢、両臀部第二ないし第三度火傷及び両手両耳第四度火傷を負い、翌三一日午前〇時ごろ、大阪市南区日本橋北詰の原田外科病院に入院し治療を受け、頻回の手術を経て、同四五年四月二六日、同病院を退院したが、現在も後遺症として、顔面、両手に高度の、両下肢、両大腿部、臀部に低度の各火傷瘢痕を残し、右手は拇指の末節骨の一部、示指の末節骨、第二指骨の全部及び第一指骨の一部、中指の末節骨の全部、環指の末節骨の全部及び第二指骨の一部、小指の全指骨を各失い、左手は、拇指の末節骨の一部、示指の末節骨の全部、中指、環指、小指の各末節骨の全部及び第二指骨の一部を各失った。

2  被告らの責任

(一) 被告長原は、大阪市南消防署ないし大阪市建築局の再三にわたる通告、指導を受けながら、これを無視し、消防法一七条一項により設置義務のある後記(1)ないし(3)の設備については工事中、同(5)ないし(7)の設備、条理上設置義務のある(4)の設備及び建築確認書に記載のある(8)の設備については未設置のまま、あえて、又は少くともこれらを黙認して、消防長に対する使用開始の届出もしないまま、本件ビルの使用を開始し、そのため、本件火災の早期発見、初期消火、早期通報、避難誘導などを全く不可能ならしめて、火災の規模を甚大かつ拡大させ、原告の前記傷害を生ぜしめた。即ち、(1)、(2)により、火災発生を直ちに知り得て、原告は安全適切な避難が、被告オリオンの従業員は消火、避難誘導活動が、消防機関は早期出動し火災拡大の防止ができた。(3)、(7)により、消防機関は、有効適切な消火をして火災拡大の防止ができた。(4)により、火災発生と同時に散水消火できた。(5)、(8)により、原告は安全避難ができたし、被告オリオンの従業員もその旨指示をなしえた。(6)により、原告は階段降下の際、煙などを現認し、階下が火元であると知ることができた。また、使用開始の届出をしていれば、右設備の不備を事前に改善することができたものである。被告長原は、右のとおりの故意又は重過失による不法行為をなしたもので、これに基づく損害を賠償する義務がある。

(1) 自動火災報知設備

(2) 非常警報設備(器具)

(3) 屋内消火栓設備

(4) スプリンクラー設備

(5) 避難器具

(6) 通路誘導灯

(7) 連結送水管施設

(8) 建物南側外部の非常階段

(二) 被告オリオンは、前記のとおり、前記ボーリング場の従業員が、原告らに対し、不注意によって誤認指導をなしたため原告が適切に避難することを妨げて、原告の前記傷害を生ぜしめたことにつき、使用者として責任を負い、右傷害に基づく損害を賠償する義務がある。

(三) 本件ビルは、前記(一)の(1)ないし(8)の設備を備えるべきであるところ、これらを全く欠くか、工事中であったものであり、土地工作物である本件ビルの設置又は保存上の右瑕疵に基づき、原告は、前記傷害を受けたのであるから、被告オリオンは、本件ビルの二、三階の占有者として、その余の被告らは、本件ビルの所有者として、本件傷害に基づく損害につき賠償義務を有する。

(四) 原告と被告オリオンは、本件火災当日午後九時三〇分ごろ、原告に同被告経営のボーリング場設備を利用し、ボーリング遊戯を有償にて行なわしめる契約をなし、原告は、右契約に基づき、高額の料金を支払ってボーリング遊戯をなしたものであり、同被告は、右契約上、原告に安全に遊戯をさせる債務を負うのに、前記違法行為、誤認指導をなし、又は従業員をしてなさしめ、右債務を履行しなかったので、原告は前記傷害を負った。よって、同被告は、右債務不履行により生じた右傷害に基づく損害につき、賠償義務を有する。

(五) 被告長原は、同オリオン及び同伸光の各代表取締役として職務を行なうにあたり、前記(一)、(二)、(四)記載のとおり、悪意又は重過失により被告伸光に違法な賃貸を、被告オリオンに違法な賃借使用を各なさしめて、これにより原告に前記傷害を負わしめ、被告森田は、同オリオン及び同伸光の各取締役でありながら、悪意又は重過失により、その職務執行一切を被告長原に任せ切りにして右違法行為を看過したものであり、いずれも、商法二六六条の三により、連帯して右傷害に基づく損害につき、賠償責任を負う。

3  損害

原告は、本件火災による前記受傷によって、次の損害を受けた。

(一) 慰藉料として次の計金五六九万円相当の損害

(1) 原告は前記のとおり傷害を受け、そのため二年二月二七日間にわたり入院治療を受けた。右期間中の精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料は、入院期間一ヵ月につき金一〇万円、計金二六九万円が相当である。

(2) 原告は、前記後遺症を有し、そのため、後記のとおり、出向、退職、転職を余儀なくされた。右後遺症に基づく精神的苦痛に対する慰藉料は金三〇〇万円相当である。

(二) 逸失利益として次の計金二三、八六〇、五六八円の損害

(1) 原告は大正一四年二月一四日に生まれ、昭和三九年三月から会津屋株式会社(以下訴外会社という)に勤務し、本件火災当時は、取締役兼本社営業部長として、給与月額金一二万円を支給されていた。

(2) 原告は本件事故に遭遇せず引続き訴外会社に勤務していたなら、少くとも原告の後輩である金中寿郎の支給を受けた給与相当額は支給されたものであるところ、同人の支給を受けた給与月額は別表(一)記載のとおりである。そして、訴外会社においては毎年一月などに昇給があり昭和四八年一月一日以降も、昇給が見込まれ、原告の昇給額は少くとも右金中の昇給相当額はあるところ、同人の同四三年一月から同四八年一月までの平均昇給額は一年につき金三万円であるから、少くとも一年につき金二五、〇〇〇円は昇給が見込まれる。また、訴外会社においては、年間少くとも四ヵ月分の給与相当額の賞与が支給されるものである。

(3) 原告は前記入院のため、訴外会社の規定により、昭和四四年二月から休職となり、同四四年六月末日をもって退職を余儀なくされた。前記退院後の同四五年六月八日、平社員として訴外会社に復職したものの、前記後遺症による極度の外貌奇変などにより、商社員として支障をきたしたため、商社である訴外会社においては適当な仕事がなく、同年八月一日、訴外会社の下請業者である山陽高橋縫工所こと高橋秀雄方に経営管理の名目で出向を命ぜられ、大阪から現住所に移転したが、結局同四七年六月末日、再び退職を余儀なくされた。原告はやむなく爾後右高橋方に勤務して今日に至っている。原告の受領した右期間中の給与月額は別表(二)記載のとおりである。なお、右高橋方においては、賞与の支給はない。

(4) 訴外会社における停年は満五五才であり、退職時には、退職時の給与の在職一年につき一月分の割合による退職金を支給されることになっている原告は、前記昭和四四年六月末日の退職時に、訴外会社から退職金三〇万円を受領し、同四七年六月末日の退職時には退職金は支給されなかった。

(5) よって、原告は、昭和四三年二月一日から同四七年一二月末日までの前記(2)記載の金中の給与同額の得べかりし給与額(賞与を除く)から、前記(3)記載の給与受領額(賞与を除く)及び大阪織物商業健康保険組合から支給された傷病手当金一八三、〇八八円を控除した金五、六五六、九一二円の損害(算出方法は次のとおり)を受けた。

(10万円×11+11万円×6+13万円×6+14万円×4+15万円×10+20万円×4+22万円×9+23万円×9)-(11万円×5+4万円×12+7万円×25+14万円×5+13万円×1)-183,088円=5,656,912円

また、同四八年一月一日現在において、同日以降停年直前である同五四年一二月三一日までの原告の得べかりし給与額(賞与を含む)から、現に受領すべき給与額を控除したうえ、昇給のないものとしてホフマン式計算法により民事法定利率年五分の中間利息を控除した現在価額を計算すると次のとおり金一一、二七八、六五六円となり、原告は、右損害を受けた。

(25万円-13万円)×(12+4)×5.8743=11,278,656円

また、原告の得べかりし停年退職金から原告の現に支給を受けた退職金を控除した金六、九二五、〇〇〇円の損害(算出方法は次のとおり)を受けた。

(25万円+25,000円×7)×17-30万円=6,925,000円

以上の損害を合計すると次のとおり金二三、八六〇、五六八円になる。

5,656,912円+11,278,656円+6,925,000円=23,860,568円

(三) 弁護士費用として次の計二、四一一、〇九四円の損害

(1) 原告は、前記退院後、被告らと本件事故による損害賠償につき交渉したが、被告らは全く誠意ある態度を示さず、面会もしない。そこで、原告はやむなく本件訴訟を提起したものであり、その際原告代理人間狩昭弁護士に訴訟委任をなし、昭和四五年七月一一日、着手金一〇万円を支払った。

(2) また、原告は、右訴訟委任をした際、右間狩に対し、本件訴訟第一審終了後、報酬として前記(二)(三)の損害金のうち、本件訴訟において被告らに請求している合計金二三、一一〇、九四三円の一割相当の金二、三一一、〇九四円を支払う約束をした。

4  よって、原告は被告らに対し、各自3の(一)記載の金五六九万円と、これに対する不法行為の翌日である昭和四三年一月三一日から支払ずみまで、同(二)記載の金二三、八六〇、五六八円の内金一七、四二〇、九四三円と、これに対する不法行為の後である同四六年一月一日から支払ずみまで、同(三)の(1)記載の金一〇万円と、これに対する支払の翌日である同四五年七月一二日から支払ずみまで、同(三)の(2)記載の金二、三一一、〇九四円と、これに対する本件訴訟に対する裁判確定日から支払ずみまで、いずれも民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因1の(一)は、被告オリオン及び同伸光が同長原の事実上支配するいわゆる個人会社であることを除き、当事者間に争いがない。

同(二)のうち、本件火災が、昭和四三年一月三〇日午後一〇時二〇分ごろ、本件ビル一階から発火し、原告主張の部分を焼失ないし焼損したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、請求原因1(二)のうち、右争いない事実及び本件火災の原因が不明であることを除くその余の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二、そこで被告らの責任につき考える。

1、本件ビル及びその一部が、民法七一七条の土地工作物に該当することは、同条の解釈上明らかである。

2、原告が、本件ビル三階でボウリング遊戯中、本件火災発生を知って、ビル外に脱出のため、本件ビル西側階段を降下した際、同階段(一階から三階までの部分、以下同じ。)の灯火は全部消えており真暗であったことは、既に認定のとおりである。≪証拠省略≫には、本件火災当時、通路誘導灯は未設置であった旨の記載があるが、昭和四三年一月一三日以後の指導状況についての記載がなく、それ以降調査はなされていなかったものと認めるのが相当であるから、本件火災までの一七日間に、通路誘導灯の設置がなされなかったものと断ずるには足りない。しかし、前記の営業に徴すると、多数の顧客の来場が予想される本件ビルにおいては、通路誘導灯設置の有無はともかくとして、夜間における本件火災のような非常時に停電になった場合でも、階上の客が安全かつ迅速に避難しうるために、最低限、通路、階段、出口などを照明する灯火が設置、点灯されていることは多数の顧客の生命身体の危険を防ぐために必要であると認めるのが条理に合致する。そして本件火災の時、階段が真暗であったということは、右灯火が設置されていなかったか、又は設置されていたが点灯されていなかったかのいずれかであり、そのいずれとしても、本件ビルの一部である右階段の設置又は保存に瑕疵があったものと認めるのが相当である(本件では煙のために光がさえぎられたものとは証拠上認めることができない。なお、仮にそうだとしても、それは光が弱すぎるのであって、その点も瑕疵であると考えられる。)。そして、≪証拠省略≫によれば、原告より先に右階段を降りた遠藤義仁は、一階出口から脱出し、原告より後に降りた角野浩司は、三階に引返して、いずれも火傷を免れたこと、二、三階中間のおどり場付近には、煙が昇ってきていたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はなく、これらによれば、前記灯火により階段が照明されておれば、原告は足さぐり状態で降下する必要はなく、迅速な避難行動をして、一階出口から無事に脱出しえたし、又さもないとしても階段から上昇してくる煙などを容易に発見しえて、直ちに三階に引返して消防署員から救出されることもでき、前記傷害を免れることができたものと認めるのが相当であり、したがって原告の本件傷害と本件ビルの前記瑕疵との間には因果関係があるというべきである。

3、被告らは、本件火災の原因は、山田義人の失火によるものであり、その拡大の原因も、同人が防火シャッター及び防火扉を開放したことによるものであるから、右瑕疵と原告の受傷との間に因果関係はない旨主張する。しかしながら、右山田の行為により同人自身あるいは同人の使用者が原告の蒙った損害について賠償責任を負うことはあっても、そのことをもって右因果関係を否定する理由にはならず、右瑕疵がなければ、原告は安全かつ迅速に避難して前記傷害を免れることができた以上、因果関係はあるものである。

4、次に、本件ビルの占有関係につき検討する。本件ビルが被告長原、同森田、同伸光三名の共有であること、同オリオンが地下一階、二、三階を賃借使用していることは前記のとおりである。≪証拠省略≫によれば、四階以上は工事中であって使用していなかったことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。よって、四階以上は、所有者である被告長原、同森田、同伸光の三者が共同占有していたものと認めるのが相当である。そして、本件ビルの階段部分の占有関係についてみるに、≪証拠省略≫によれば、一階の入口と、地階へ通じる入口と、右階段に通じる入口とは各別に設けられて、それぞれ障壁、扉などにより仕切られていることが認められ、右階段は、二階以上の使用者の共用かつ専用している部分であると認めるのが相当である。右事実によれば、二、三階を賃借人である被告オリオンが占有使用し、四階以上を所有者であるその余の被告らが占有していた本件ビルにおいては、少なくとも右階段部分は、被告ら四名の共同占有にかかるものと認めるのが相当である。(三階と二階との階段部分についての灯火設備だからといって、四階以上の所有者においてこれを利用、共用している以上これを占有しているというべくその灯火設備の瑕疵についても、その責任を負担するものというべきである)。

以上の事実によれば、被告らはいずれも、設置又は保存に瑕疵の存する土地工作物である右階段部分の占有者であり、免責事由につき何ら主張立証のない本件においては、右瑕疵によって原告が受けた前記傷害に基づく損害の賠償義務があるものである。

5、のみならず、被告オリオンを除く被告らは、本件ビルの所有者として、自動火災報知設備について工作物の設置の瑕疵として責任がある。すなわち、

≪証拠省略≫によると、昭和四三年一月一三日現在自動火災報知設備が工事中である旨記載されているところ、右日時と本件火災当時までの日時の経過と、証人長原伸介、被告オリオン、同伸光各代表者兼被告本人長原伸行の本件火災当時旧型であるが、各階の天井に自動火災報知設備が設置されていた旨の各供述に徴すれば、本件火災当時自動火災報知設備が一応設置されていたものと推認することができるけれども、本件火災当時原告が三階の天井の換気装置から煙の出ているのを発見し、被告オリオンの従業員にその旨指摘したことは前認定のとおりであり、≪証拠省略≫によると、その後避難を始めるまでにおいて、三階について本件火災についてとくに自動火災報知設備が作動したことは認められないと言う、多数の顧客の来場が予想されるボウリング場などの遊戯場が経営されることを予想して本件ビルの一部を賃貸している以上、かかる多数の顧客の生命、身体の安全を図るため、単に当該階のみならず、他の階において火災が発生したときにも早急に作動する設備又は連絡する機構を設けるべきことは、社会通念上かかる遊技場などを設置するビル所有者に対し要求さるべき当然の注意義務というべきところ、本件ビルにおいては三階の一般顧客が避難を始める頃までに自動火災報知設備が作動し、又はその作動による連絡に基づいて従業員の指示が存しないことは、本件証拠上認められないから、本件ビルの自動火災報知設備は十分適切なものではなく、その設置について瑕疵があったものというべきである。

そして適切な自動火災報知設備が設置されているときには早急に火災の発生を探知することができ、時間的に余裕が生じ、かつ、後記の避難用の非常階段の設備と相俟って原告において安全に避難することができることは十分予想しうるところであり、したがって、原告の蒙った傷害は、前記自動火災報知設備の設置の瑕疵との間に因果関係があるというべきである。

6、又、被告オリオンを除く被告らは、本件ビルの所有者として、建物南側外部の非常階段を設けていなかったことについて、瑕疵があるというべきである。すなわち、

≪証拠省略≫によれば、本件ビル南側外部には非常階段が設置されることになっていたが、本件火災当時建設用の足場を組んでいるだけで、未設置であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫そして、右非常用緊急階段が設置して、かつこれに導く誘導路及びその表示が適切にされてあれば、原告は、これを利用することにより安全に避難することが十分可能であったものと認められる。

そうだとすれば、右非常用階段を欠いたことについては、工作物の設置の瑕疵であることは明らかである。

7、ところで、民法七一七条の賠償責任については、第一次的には占有者が責任を負い占有者に責任がないときにはじめて第二次的に所有者に責任を生ずると解されているのが、一般であるが、かかる解釈は、工作物の設置・保存の瑕疵が同一であるときに適用されるにとどまり、少なくとも、本件のように、土地の工作物の設置・保存の瑕疵が複数であり、例えば甲の瑕疵については占有者に責任があり、乙の瑕疵について占有者に責任がなく、所有者に責任があるような場合においては、当該瑕疵について因果関係のある損害については、右工作物の占有者、所有者がともにそれぞれ賠償責任があると解するのが相当である。けだし、民法七一七条一項の賠償責任は工作物の瑕疵の事由ごとに判断するのが妥当であり、しかもこのように解することによって、被害者の救済が十分になるのみならず、もともと当該瑕疵について賠償責任を負うべき所有者がたまたま占有者が同一工作物の他の瑕疵によって賠償責任を負うことを理由として免責されるいわれはないからである(このように解しても、工作物の所有者は本来負担すべき賠償責任を負うにとどまり、とくに賠償責任が加重されるわけではない)。

8、なお、本訴請求のような民法七一七条に基づく賠償責任はいわゆる危険責任に基づいて生ずるものであるから、たとい、本件のように、もともと失火を原因として生ずるものであって失火ノ責任ニ関スル法律の規定は適用されないものと解するのが相当である。

9、そして、本件のような事実関係のもとにおいては被告らは(占有者としても又、所有者としても)民法七一九条の法理に照らし、被告ら各自が(因果関係がある以上)全損害につき賠償すべき義務を負うものであると認めるのが相当である。

よって、その余の責任原因について判断するまでもなく後記認定の原告の損害全部につき、被告らは各自責任を負うものである。

三、原告の損害

1、慰謝料

原告が前記傷害を受け、そのため前記期間(二年二月二七日間)入院治療を受け、また、前記後遺症を有することは前記認定のとおりであるから本件火災事故の態様等諸般の事情を考慮し精神的苦痛に対する慰謝料は金四七五万円が相当である。

2、逸失利益

≪証拠省略≫によれば次の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)、請求原因3の(二)の(1)、(3)、(4)の各事実。

(二)、同(2)の事実中、金中寿郎の支給を受けた月給が別表(一)記載のとおりであること及び同人は原告より年少であり、訴外会社における後輩であって、本件火災当時、地位もやや低く、月給も若干少なかったこと。右事実によれば、原告は、本件事故がなかったならば、少くとも右金中の支給を受けた月給額(即ち、別表(一)記載の金額)は、支給を受けることができたものと推認できる。

(三)、訴外会社においては、昭和四三年二月から一年間は、従前給与より減給されたこと。右事実によれば、訴外会社においては必ず昇給が見込まれるとは到底いえない。

(四)、訴外会社においては、賞与支給額は、営業成績により決まるものであって一定しないが、原告が昭和三九年から同四二年までの四年間に受けた賞与の月給に対する割合で、最も低いもので同四二年の二ヵ月と三分の一であったこと。右事実によれば、原告は、同四三年以降も、少くとも月給の二ヵ月と三分の一は賞与の支給を受けられたものと推認できる。

(五)、原告は、昭和四三年に金五万円、同四五年に金八万円、同四六年に金二〇万円、同四七年に金一〇万円の賞与の支給を受けたこと。

(六)、原告は、大阪織物商業健康保険組合から傷病手当金一八三、〇八八円を受領したこと。

以上の認定事実に基づいて、逸失利益を算出すると次のとおりとなる。

(1)、給与についての逸失利益

昭和四三年二月一日から、原告の停年(同五四年二月一三日)の直前である同年一月三一日までの期間の得べかりし給与は、前記金中の月給同額の月給及び前記割合によって算出した賞与(月給が一年の途中で変っている場合は少ない方のそれに対する割合とする。)であって、毎年二月一日から翌年一月三一日までの年間合計額は別表(三)記載のとおりである。そして、原告が現実に得、又は得べかりし収入は、原告の受領した前記月給及び賞与並びに傷病手当金であって、右同様の年間合計額は別表(三)記載のとおりである。よって、前者から後者を引いた差額が原告の実質的な逸失利益であり、これにつき、ホフマン式計算法により、各年ごとに民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除した昭和四三年一月三一日現在における価額を計算すると、別表(三)のとおり、総計金一四、〇四二、一五二円となる。

(2)、退職金についての逸失利益

原告は停年まで訴外会社に勤務すると約一四年一一ヵ月在職したこととなる。停年退職時の得べかりし月給は金二五万円であるので、前同様にホフマン式計算法により計算した得べかりし退職金の昭和四三年一月三一日現在の価額は次のとおり、金二、四一九、五〇〇円である。

25万円×15×0.6452=2,419,500円

現に支給を受けた退職金三〇万円の右現在における価額は次のとおり金二七二、七三〇円である。

30万円×0.9091=272,730円

よって、原告の実質的な逸失利益は、次のとおり金二、一四六、七七〇円である。

2,419,500円-272,730円=2,146,770円

右(1)、(2)の逸失利益の合計額は金一六、一八八、九二二円である。

3、弁護士費用

≪証拠省略≫によると、請求原因3の(三)の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。これによれば、被告はいわゆる弁護士費用についても相当と認める限度において賠償責任があるというべきである。そして前記傷害により支出せざるを得なくなった弁護士費用の相当額は、金一、二五六、三三五円である(前記1、2の合計額の六パーセント相当)と認めるのが相当である。

4、以上1ないし3の合計金二二、一九五、二五七円が本件火災による前記受傷に基づく原告の受けた損害額であると認められる。

四、結論

以上によれば、被告らは原告に対し、各自金二二、一九五、二五七円の支払義務があるものであり、原告の本訴請求は、右金員と、内金五六九万円については不法行為の翌日である昭和四三年一月三一日から内金一〇〇、〇〇〇円については不法行為の後である昭和四五年七月一二日から内金一六、四〇五、二五七円については不法行為の後である同四六年一月一日から、各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し(なお、原告は遅延損害金について項目ごとに起算日を区別して請求をしているが、不法行為に基づく損害賠償請求権は、既判力が及ぶ限度においてたとい現実の支出が遅れることはあっても、又弁護士費用であっても、観念的には全額について発生しているというべきだから項目別に請求事由を検討することなく、原告の請求するもっとも有利なように認容することとする)その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 惣脇春雄 裁判官大橋寛明は出張中につき署名捺印できない。裁判長裁判官 奈良次郎)

<以下省略>

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